映画  MONSIEUR KLEIN 『パリの灯は遠く』
26/08/201517:55 Yusuke Kenmotsu
もう一人の自分を追う男
 
ジョセフ・ロージー監督による1976年の作品で主演はアラン・ドロン。ジョセフ・ロージー監督とアラン・ドロンのコンビは、トロツキー暗殺事件を描いた『暗殺者のメロディ(1972)』があるので今回で2度目という事になる。


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ジョセフ・ロージーは1909年米国ウィスコンシン州生まれのアメリカ人である。彼は1930年代に演劇でキャリアをスタートさせるが、このころの仲間の影響もあり左翼思想に入れ込むようになる。ソ連への訪問履歴もあるロージーが実際に共産党員となるのは1946年のことである。しかし第二次大戦後の米国はソ連を敵とみなし共産主義を排斥する動き、いわゆる赤狩りの影が忍び寄っていた。そんな時期の1948年にロージーは長篇第1作の『緑色の髪の少年』を完成させる。この映画は戦争孤児の少年が、悲惨な戦場のショックにより一夜にして髪が緑色になってしまい、その奇妙な色が伝染すると恐れられ、周囲の人から避けられてしまうという物語だ。赤を緑に置き換えているものの、少年=異物への周りの態度は赤狩りの隠喩であるのは間違いない。

その後もいくつか米国で作品を撮ってきたロージーだが、アメリカ下院非米活動委員会のブラックリストに載った彼は1951年にヨーロッパへの亡命を決意する。亡命先のイギリスでも、赤狩りの影響でしばらくは変名での活動を余儀なくさせるなど苦労するが、『エヴァの匂い(1962)』あたりから独自の作風で代表作を連発していく。そして1972年にはパリに渡り、キャリアの後期に撮ったのが本作『パリの灯は遠く』である。
 
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本作は最初からショッキングなシーンで始まる。中年女性を白衣の医師が検査しているようだが、女性は全裸である。歯茎、鼻の孔、骨格、耳の形、歩き方などを調べてユダヤ人かどうかを確かめている。人間を動物のように扱う不気味なシーンだ。この冒頭のシークエンスの次に来るのが、女性の臀部の描かれた絵画のアップで、そのままカメラが引いていくとロベール・クライン(アラン・ドロン)の寝室のベッドで下着姿のまま寝ている女性ジャニーヌ(ジュリエット・ベルト)の姿が映される。人間あつかいされず、性を無効化された女性、性を気高い芸術として絵画に描かれた女性、ロベールとの昨夜の性行為を想像させるような肉体的な女性といった全く異なる女性像を連鎖させ、ナチス占領下のパリの混沌を表現している。

画商のロベールは国外に脱出を図るユダヤ人から美術品を安く買いたたいて、優雅な生活をしている。ある日、客として訪れたユダヤ人から相場の半額ほどで1枚の絵画を買ったロベールは、玄関まで見送る。その客が玄関先に届いていたユダヤ通信を拾い上げ、ロベールに手渡す。客は帰り、身に覚えのないロベールは困惑しているのだが、ふと顔を上げ、玄関脇にある姿見を見る。ストーリーが進むと、ロベール・クラインというユダヤ人がいて、同姓同名の画商のロベールを利用したことが分かり、画商ロベールはユダヤ人のロベール・クラインの行方を追うことになるのだけれど、鏡に写るもう一人の自分と対峙する描写が、後の展開を静かに予告しているのだ。
 

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同姓同名の人物のためにユダヤ人狩りの恐怖に怯え、自分が自分であるという証明を懸命にしなくてはならないという不条理劇はカフカの『審判』やサルトルの『出口なし』を参考にしているようだ。オーソン・ウェルズによる映画『審判(1963)』に出演していたジャンヌ・モロー、シュザンヌ・フロン、ミシェル・ロンズデールが『パリの灯は遠く』にも出演しているのはカフカ的世界観に近づける効果を期待しての事だろう。

同じ名前のロベール・クラインという男を追う過程で、もう一人の自分との距離が曖昧になり、群衆にもまれながらロベールはロベール・クラインと同一化し、強制収容所行きの貨車に乗ってしまう。その表情は序盤で鏡の中のもう一人の自分が見せたものとそっくりであった。

本作は赤狩りで母国を離れなければならなくなった亡命映画作家ジョセフ・ロージーにしか撮れないような、不気味な不条理サスペンス映画である。
 
 

MONSIEUR KLEIN 『パリの灯は遠く』

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1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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