映画  TENUE CORRECTE EXIGEE 『正装のご用意を』
21/07/201511:05 Yusuke Kenmotsu
出たり入ったり、そして勘違いの連鎖
 
1996年のフィリップ・リオレ監督作品。録音技師出身の彼は長篇監督デビュー作『パリ空港の人々(1993)』が絶賛され、スティーヴン・スピルバーグ監督の『ターミナル(2004)』に強い影響を与えている。『パリ空港の人々』の次に作られたのが本作『正装のご用意を』である。前作が空港という限られた空間を舞台に、そこで暮らす人々を優しい眼差しで描いた悲喜劇であったのと同じように、本作では舞台をパリの高級ホテルに置き換えて、そこに集う人々を、喜劇的純度をより高くして描いたのが『正装のご用意を』である。
 
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リオレ監督の作品では、入ってくる者、出ていく者、それを見守る者が映画の主題になることが多くある。『パリ空港の人々』は帰国(入ってくる)した際、パスポートを亡くした男と、空港で暮らす(見守る)人々の交流の物語だ。

『君を想って海をゆく(2009)』ではクルド人難民の少年がイラクからフランスにやってきて、中年のコーチの特訓を受け、イギリスを目指して泳いでドーバー海峡へ出ていく。この映画でコーチを演じたヴァンサン・ランドンは紛れもなく見守る者だろう。

日本未公開ながらDVDが発売されている『マイ・ファミリー/遠い絆(2006)』という作品では、メラニー・ロナン演じる主人公が滞在先のバルセロナから帰ってくると、実家にいるはずの双子の兄の姿はなく、父と喧嘩をして出ていったと聞かされる。兄はどこへ出ていったのかということが、この映画では最大の謎であった。

アルジェリア戦争の帰還兵が島にやって来て、夫のいる女性と激しい恋に落ちる『灯台守の恋(2004)』は男2人、女1人の三角関係の話なのだが、この男たちの仕事は海を見守る灯台守だ。
 
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『正装のご用意を』では冒頭に裁判所のシーンがある。失業中でホームレスのリシャール(ジャック・ガンブリン)は生活保護の不正受給の裁判を受けているのだが、これは状況説明程度で、本作の大部分はワールドビジネスフォーラムが開かれるシャルルⅦホテルで展開される。他のホテルで売春行為の摘発があったという事で、ホテル側の人間は焦って娼婦たちを追い出し、変装してやってくると思われる監査人を警戒しながら客に目を光らせていた。招待されてやってくる者、こっそり入ってくるもの、追い出される者等、多くの人物によるリオレ的出たり入ったりが、ホテルという一つの空間で幾度となく繰り返され、それをホテルの支配人(ジャン・ヤンヌ)やコンシェルジュ(ダニエル・プレヴォスト)が「見守る」の変奏として監視や歓待でもてなすのだ。

リシャールはホテルに侵入しようとホームレス仲間ジャコ(イヴ・アフォンソ)から妙なジャケットを借りる。ホテルの入り口近くにいると、高級車アウディでやって来た養鶏場経営者夫婦にドアマンと勘違いされ、車の鍵を渡される。ホテルへとそそくさと入っていく夫婦を、ホテルの支配人とコンシェルジュは監査人だと勘違いして手厚くもてなし、スイートルームへ案内する。その間リシャールは、アウディの後ろに来た車が通れなくなってしまったので、アウディを運転して道を空ける。不慣れな運転のリシャールはタクシーに衝突してしまい、タクシーはその衝撃で歩いていた女性を軽く撥ねてしまう。この女性が本作のヒロインで、ホテルから追い出された赤毛の娼婦リュシー(エルザ・ジルベルシュタイン)である。彼女の赤毛は商売上の赤毛で、後半カツラを取って地毛を見せるのも本作の見所の一つだ。


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リシャールとリュシーがホテルに侵入すると、そのころには養鶏場の夫婦が監査人ではないと明らかになっていたが、支配人たちはリシャールの事を監査人だとまた勘違いし、養鶏場夫婦を追い出し、リシャールをスイートルームに案内するのだ。他にもリシャールにぶつけられたタクシー運転手や、人の会話に聞き耳を立てる給仕長、そしてアメリカの州知事とその妻カトリーヌ(ザブー・ブライトマン)など癖のある多くの人物たちが多くの勘違いをして、物語は面白おかしく転がっていく。
 
1時間半ほどの映画でこれだけ多くの登場人物が限られた空間にいながら、人の出し入れと脚本が巧いので、話が破綻することもなければ、人物が渋滞を起こすこともない。ちょっとした台詞の一つ一つが後々効いてきたり、勘違いの原因となったりするので見逃し聞き逃し厳禁だ。この映画ではリシャールの飼う犬の名前でさえ、後半ニヤニヤさせられるようなギャグに繋がるので全く無駄がないのだ。
比較的日本で観やすいリオレ監督作品にあって、群像コメディのお手本のような本作が劇場未公開というのはあまりにもったいないことである。

 
TENUE CORRECTE EXIGEE 『正装のご用意を』

再放送時間


1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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