映画  Victor « Young » Perez 『伝説のボクサー ビクトル・ヤング・ペレス』
21/04/201510:42 Yusuke Kenmotsu
チュニス、パリ、アウシュビッツ、闘い続けた男
 
2013年のジャック・ウアニシュ監督作品。彼は長編映画としては本作が1本目であるが、プロデューサーとしてアブデラティフ・ケシシュ監督の『身をかわして(2004)』に参加したり、TVシリーズの監督をしたりという経歴の人物である。
 
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本作はチュニジア生まれのユダヤ人ボクサー、ビクトル・ヤング・ペレスの伝記映画である。ボクシングがテーマの映画といえば、サイレント期から今日まで世界中で数多くの名作が生まれているが、それは実話にせよフィクションにせよ観る者が感情移入しやすいような起承転結のある物語が作りやすいからだろう。貧しい主人公がボクシングで認められて、必死にトレーニングを積んで、チャンピオンを目指しクライマックスで宿敵と戦う。その間にいくつかの対戦シーンを挟み、ヒロインが幾度か顔を覗かせれば1本の映画が出来上がる。だいたいのボクシング映画は米国映画『ロッキー(1976)』のプロットのようなロッキーパターンで説明はつく。

ロッキーパターンは本作も例外ではない。1929年のチュニスで負傷した兄の代わりに急遽試合に出た少年ビクトル(ブライム・アスロウム)が、プロモーターに認められてパリに呼ばれ、ジムに入ってチャンピオンを目指す。実力をつけ欧州選手権で勝つも、アフリカ人だからという理由でケチがつく。そんな差別という障壁を、ケチのつけようのない世界選手権の場で晴らすビクトルの姿は爽快だ。彼がこの時獲得したフライ級のベルトというのは、今の日本人に分かりやすく説明するならば、亀田大毅選手が訳あって2011年に返上したものと同じベルトである。

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この作品の試合のシーンを見れば、ビクトル役のブライム・アスロウムがただ者ではないと直感するだろう。普通のボクシング映画で見られるように、細かいカット割りで迫力を出す(誤魔化す)のではなく、ボクシングの中継を見ているような画面のサイズで、しばらく回しっぱなしというシーンがいくつもある。これはブライム・アスロウムが、オリンピックのボクシング金メダリストで、プロに転向してWBAチャンピオンになったという輝かしい経歴を持つ元ボクサーだからできる演出である。繰り出すパンチだけでなく、構えやステップにも職業俳優では到達できない美しさがある。

本作ではヒロインとしてミレーユ(イザベラ・オルシーニ)という女優が登場するのだが、これは映画ファンにはちょっとした驚きをもたらすだろう。それはチャンピオンビクトルと恋に落ちる新人女優ミレーユが、後にジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『望郷(1937)』やジャン・グレミヨン監督の『愛欲(1937)』でジャン・ギャバンの相手役を務めるミレーユ・バランだからである。新人女優とボクサーの関係はかりそめのものとなってしまうのだけれど、ボクシングの歴史と映画史の意外な邂逅を目にすることができる。
 
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この映画の最大の特徴はボクシング映画に第二次大戦が絡む事だろう。ミレーユに袖にされたビクトルが、再び彼女に会いに行くと、ミレーユはナチスの制服を着た男と食事をしている。彼はそこで大暴れしてしまい、逮捕され、ユダヤ人である彼は後にアウシュビッツ強制収容所に送られることになる。映画には出てこないのだが、ミレーユ・バランは実際ドイツ軍の士官と恋に落ちて、1944年に逮捕、投獄されている。
 
映画の主人公がボクシングのチャンピオンになる映画は山のようにあるし、主人公がアウシュビッツに収容される映画も少なくない。しかしこの両方を満たす映画は本作以外にはないだろう。しかもそれが実在の人物だというのだからなおさらだ。

アウシュビッツでも元チャンピオンで知られているため、ビクトルは余興としてドイツ兵とボクシングをさせられる。ムキムキのドイツ兵と、見るからに栄養失調のビクトルとでは、そもそも階級が全く違うし、倒れているビクトルを襲い、足蹴りまで見舞うドイツ兵にルールなど存在しない。顔を腫らし、血を流しながらも立ち上がり相手に向かっていくビクトル。本来のロッキーパターンなら、奮闘し最後の試合に勝利、もしくは感動的なフィナーレを迎えそうなところだけれど、相手がナチスだとそうはいかず、勝っても負けても悲劇にしかなりえない。ドイツ兵の前で派手に声援を上げることもできない多くのユダヤ人たちはじっと俯いている。そんな中ユダヤ人たちによって自然発生的に生まれた、「ヤング」コールは、低くこもっていて誰が発したものか分からないが、じわじわと拡大してボロボロのビクトルの背中を押すことになる。勝っても幸福など訪れることはないのだが、声援に後押しされてドイツ兵に立ち向かっていく彼の姿は静かな感動を呼ぶだろう。

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ボクシングの映画といってもスポーツとしての爽快さはなく、途中からホロコースト映画になるのだけれど、絶望的な状況に置かれても最後まで闘い抜く男の姿が印象に残る作品である。
 


伝説のボクサー ビクトル・ヤング・ペレス 
再放送:4月24日(金)夜11:00
1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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