映画  Les amants de Montparnasse (Montparnasse 19) 『モンパルナスの灯』
24/04/201511:26 Yusuke Kenmotsu
モディリアーニと死の商人
 
1958年のジャック・ベッケル監督作品である。画家モディリアーニの生涯を描いた伝記映画である本作は、元々『輪舞(1950)』や『快楽(1952)』、『たそがれの女心(1953)』等の女性映画の巨匠マックス・オフュルス監督の企画であった。しかし心臓病を患っていたオフュルスは1957年に亡くなってしまう。そこでこの企画を引き継いだのがジャック・ベッケルである。その際ベッケル自身が脚本を大幅に改編しているので、紛れもないベッケル映画なのだけれど、多くのオフュルス作品で撮影を担当していたクリスチャン・マトラが本作のカメラを回しているので、オフュルスとベッケルのハイブリッド映画のようになっている。そして本作は、クレジットで「マックス・オフュルスに捧ぐ」と出てくるように、完成させることができなかった名匠にオマージュを捧げている。
 
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生きている間ほとんど絵は売れず、貧困とアルコール依存と持病の肺病に苦しんだ画家モディリアーニを演じるのは、フランス映画史上でも有数の貴公子ジェラール・フィリップ。公開当時は演劇的な演技が批判されていたようだが、女性を惹きつける不思議な魅力、退廃的な生き方、愁いを帯びた眼差しなど、見事にモディリアーニを演じ切っている。彼は誰からも認められず、35歳の若さで静かに死んでいくモディリアーニの生涯についての、暗く重たく陰鬱な雰囲気の作品に気品という光をもたらしている。そして本作の公開された翌年の1959年に、ジェラール・フィリップは肝臓がんのため36歳で夭折する。本作の役柄との偶然の符号も興味深いところだ。
 
冒頭モディリアーニはカフェで絵を描いている。テーブルの向かいに座った男をモデルにしていて、完成するとサインをしてモデルの男に渡す。この絵は、描いている最中は少し画面に映るのだが、完成品を我々が見ることはできない。しかし、期待していたモデルの男が、絵を見るなり怪訝な顔になりそのまま画家に突き返すので、紙に書かれた絵を少し推し量ることができるだろう。恐らくモディリアーニ独特の、あの細長い顔で虚ろな眼差しのタッチの絵を、カフェに来る一般大衆の男に描いて渡したのだ。絵の完成品を画面に映さないというのは、ベッケル的な映画文法であり、その一端はジャック・ベッケルの処女作『最後の切り札(1942)』ですでに見ることができる。この映画では、警察学校で主席の座を争う2人の新米刑事が射撃訓練をする場面があるのだけれど、数十発撃つところが映され、本来なら的の中心に集まる弾痕のショットが入りそうだが、それは無く、画面は2人の表情を捉えるのだ。処女作でこれに出合うと、編集に不慣れなためにこうなったのかと、訝ってしまうが、後の作品でもしばしば見受けられるのだから、そのもの自体を映さず、結果や本質を描くのはベッケルの一貫したスタイルなのである。

『モンパルナスの灯』に話を戻すと、カフェでモディリアーニが絵を描き、渡した男から返されるまでの一部始終を、ガラスの向こう側の席でじっと眺めている男がいる。これが画商モレノで、ジャック・ベッケル監督の『現金に手を出すな(1954)』で映画デビューしたリノ・ヴァンチュラが演じている。この映画の主役は当然、貧しき画家のモディリアーニであり、周りには、気高く陽気で、モディリアーニに(いかにもベッケル映画的な)平手打ちをされて気を失っても翌朝にはケロッとしている恋人ベアトリス(リリー・パルマー)や、やさしく献身的な愛でモディリアーニを支える妻ジャンヌ(アヌーク・エーメ)など美しい女性がたくさん出てくる。しかし本作を観終わった後、脳裏に焼き付いているのは、恐らくリノ・ヴァンチュラの姿だろう。数シーンしか出てこないモレノという人物は、それほど強烈なのだ。劇中でも「死の商人」と揶揄される彼は、正にモディリアーニに纏わりつく死神なのだ。この画商モレノは、皮肉なことに唯一モディリアーニの絵の才能を正当に評価する人物であり、アル中の画家の絵は生きているうちは価値がないという信念のもと、しばしばモディリアーニのそばに現れて、彼の最期を心待ちしている。
 
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本作は妻になることになる画学生ジャンヌと、貧しい天才画家モディリアーニの恋愛映画としても素晴らしい。路上での出会いや、二人を祝福するような突然の雨、断酒をして一緒になる覚悟をするモディリアーニの男っぷりなどとともに、「僕は大勢の中にいる方が好きだ、孤独になれるから」「傘は嫌いだ、空を隠してしまいから」「君を幸せにしたい。もし不幸にしても、それは心ならずもだ」といった、美しく印象的な台詞がいくつも出てくる。

だからこそ作品が認められないという、芸術的な苦悩から自暴自棄になり、また深酒を繰り返すという姿に悲愴感が一層増すのだ。

この作品のラストも、いかにもベッケル的な映画文法によって結ばれている。本作では描かれないが事実として、モディリアーニの妻は夫が亡くなった2日後にアパートから飛び降り自殺している。『快楽』という作品でヒロインの飛び降り自殺を扱ったオフュルス監督なら、流麗な映像でラストにジャンヌの自死を描いただろう。しかし直接描かずに本質を語るベッケル監督は、夫の死を知らぬまま、ジャンヌは絵が売れたという、うたかたの夢のような幸福感に包まれたままだ。当然絵を買いに来たのは死の商人モレノであり、彼はモディリアーニの絵ばかりか、ラストカットの画面も独占してしまうので、異様な絶望感が充満したまま映画は幕を閉じるのである。
 

映画 Les amants de Montparnasse (Montparnasse 19) 『モンパルナスの灯』
再放送:4月26日(日)1:55、27日(月)21:00
1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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