映画  LA DISCRÈTE 『恋愛小説ができるまで』
22/12/201410:59 Yusuke Kenmotsu
『恋愛小説ができるまで』

饒舌男の沈黙
 
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1990年のクリスチャン・ヴァンサン監督作品。ヴァンサン監督は、2013年にミッテラン大統領の専属女性シェフの実話を基にした作品『大統領の料理人』が日本でも公開されたのでフランス映画ファンにはお馴染みだろう。彼のように国立映画学校出身で1980年代後半から1990年代前半にデビューした映画監督は、ヌーヴェルヴァーグの影響を受けた者が多く、その作品群はしばしばヌーヴェル・ヌーヴェルヴァーグと呼ばれている。その代表作が本作『恋愛小説ができるまで』である。書物、手紙、書くこと自体に強い執着を持っていたヌーヴェルヴァーグの代表監督フランソワ・トリュフォーの影響が強く見られる作品だ。

主人公アントワーヌを演じるのはファブリス・ルキーニ。1970年ぐらいからエリック・ロメール監督作品(『クレールの膝』『飛行士の妻』『木と市長と文化会館』…)にはなくてはならない存在で、飄々とした台詞回しが印象的な個性派俳優だ。そもそも役名がトリュフォー作品のアントワーヌ・ドワネルからのいただきではなかろうか。

 
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映画の冒頭、アントワーヌはプラットホームで恋人から別れを告げられる。話しているうちに場所を少し列車側に移動するのだが、そうすると彼らの声は聞こえなくなり、雑踏の中、身振り手振りでも分かる饒舌さで恋人に食い下がっている。

失恋に傷心したアントワーヌは友人で書店主のジャン(モーリス・ガレル)に会いに行くと、珍妙な仕事を依頼される。それは、アントワーヌの失恋をスタートに、実際に別の女性に出合い、近づき、口説き落として、別れを突きつけるという一部始終を日記形式の恋愛小説として発表するというものであった。アントワーヌは女性に出合うために、タイピストの募集広告を出し、応募してきた語学学校に勤めるカトリーヌ(ジュディット・アンリ)と会う約束をする。待ち合わせ場所であるカフェで座っているアントワーヌは、どれがカトリーヌか気になって女性が入ってくるたびにじろじろ窺っている。鼻を触ったり手を動かしたりして落ち着かないアントワーヌは、一人だけ間違った人に声をかけてしまうのだけれど、すぐにカトリーヌに会うことができる。こういった場面のドタバタにならない程度の細やかなユーモアはファブリス・ルキーニの視線や表情や動作の演技があってのことだろう。

別れるという事があらかじめ定められた女性との出会いになかなか乗れないアントワーヌは、ジャンに恋の道筋を書いてもらい、それを実行することにする。

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ジャンのシナリオ通り、わざと原稿を一枚抜いた状態でカトリーヌに渡して、カトリーヌが失くしたと言いがかりをつける。その後自分が持っていたと謝り、原稿を彼女の家に届け、仕事中の彼女の部屋に上がり込んでベラベラと饒舌に話し始めるが、邪魔になると追い返されてしまう。帰りに花屋に寄って花を彼女の家に届けさせるというところまで、アントワーヌは筋書通りに行動するのだ。

その後も忍耐強さを確かめるために路上でずっと待たせたり、自分への興味を測るためにいつも自分はあそこのカフェにいると言っておいたりする。なかなか進展しない2人であったが、アントワーヌがいつもいるカフェにある日カトリーヌが現れる。ここでもベラベラと饒舌に話すアントワーヌにカトリーヌは悪戯っぽく、1分間の沈黙を提案する。これは当然ジャン=リュック・ゴダール監督の『はなればなれに(1964)』からの引用なのだけれど、アントワーヌに我慢などできようはずもなく、すぐに喋ってしまう。
 
次第に近づいていく2人はちゃんとしたデートをするようになり、アントワーヌはカトリーヌに本物の恋心を抱いてしまう。米国のラブコメ映画ならここから2人が結婚でもして急転直下のハッピーエンドで幕を閉じるだろう。そしてそういった方向に向かわないのが本作の面白いところである。

アントワーヌはカトリーヌのことを慎み深い聖女のような女だと考えていた。もちろんそれは男の身勝手な妄想で、彼女から不倫の経験を聞かされると混乱してしまう。さらにはカトリーヌの部屋に行って2人とも裸でベッドに入っている時に、カトリーヌから聞かされるイギリス留学中の体験は、饒舌なアントワーヌを完全に沈黙させることになる。部屋には外からの灯りが薄く入り込み、淡々と話すカトリーヌの顔を柔らかく照らしている。一方隣にいるアントワーヌの顔は丁度影に隠れており、表情は正確には読み取れない。身動き一つせず、相槌すら打てずただ聞き入っているのだ。嘘の恋愛の最中は1分間の沈黙すらできないおしゃべり男が、彼女の真実の告白を前に突如として言葉を失ってしまう。これまでの饒舌さがあってこその名場面だ。
 
本作は、アントワーヌの悪友を演じるモーリス・ガレルの軽やかなイタズラ爺さんぶりや、ヒロインカトリーヌ役のジュディット・アンリの不思議な魅力、もちろんファブリス・ルキーニのおしゃべり演技など見どころはたくさんあるのだけれど、一番の特徴は主人公の実際の恋愛を小説化していくというストーリーそのものだろう。そしてこのストーリーはトリュフォーの『恋愛日記(1977)』が源泉にある。主人公の過去の恋愛譚が『恋愛日記』で、現在形あるいは未来形の恋愛を描くのが本作という相違点も興味深い。本作は恋愛映画好きだけでなく、読書や書くことが好きな人、もちろんトリュフォー映画好きにも観てもらいたい作品である。
 
再放送:1月22日(月)夜9:15
 

1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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