映画  LA FEMME D'À CÔTÉ『隣の女』
21/11/201415:10 Yusuke Kenmotsu
TV5MONDE 11月放送映画『隣の女』

760x550_61887_fichier_femme_d_a_cote_7.jpg
 
死によって成就する愛
 
ヌーヴェル・ヴァーグの旗手にして恋愛映画の名人フランソワ・トリュフォー監督の1981年の作品である。トリュフォーは本作の構想を『黒衣の花嫁(1967)』の後に『愛の軌道』という題名で考えていた。キャストもジャンヌ・モローとシャルル・デネルを考えていたが実現せず、十数年の時を経てファニー・アルダンとジェラール・ドパルデューという組み合わせで『隣の女』として誕生したのが本作である。
 
映画の冒頭、はるか上空から俯瞰で映しだすカメラは事件の現場に急行する救急車を捉えている。夜明け前の薄暗がりの中、ヘリコプター撮影のため微妙に揺れる画面、そして救急車そのものが観る者を不安にさせるようなオープンニングだ。その直後本作の登場人物の一人であり物語の語り手でもあるテニスクラブの経営者ジューヴ夫人(ヴェロニク・シルヴェル)が現れて、事件について半年前から回想するという構造になっている。だから冒頭の救急車が映画の後半の然るべき場面で登場することは容易に想像でき、少々ショッキングな結末であったとしても観客は心の準備ができているのだ。そういった意味では冒頭の救急車は不安を煽りながらもちょっとした安心感をあたえるという絶妙な按配のオープニングといえるだろう。
油槽船(タンカー)の研究所で働くベルナール(ジェラール・ドパルデュー)は妻アルレット(ミシェール・ボームガルトネル)と息子トマの3人で幸せに暮らしていた。彼らの家の道を挟んだ隣の空き家に、飛行場の管制塔で働くフィリップ(アンリ・ガルサン)が不動産屋とやってきて引っ越しの準備をしている。引っ越しの日にはベルナールとアルレットは家の中を見せてもらい、フィリップは2階にいるという妻を1階に呼ぶ。ここで登場するのがフィリップの妻マチルド(ファニー・アルダン)なのだけれど、3人のいるところへ階段を一段一段降りてくるのを足からじっくり映している。これはビリー・ワイルダー監督の米国映画『深夜の告白(1944)』のヒロインバーバラ・スタンウィックの登場シーンを想起させる。そもそも『深夜の告白』も最初と最後の部分以外は回想で描かれるフィルム・ノワール作品であり、トリュフォーはかなり参考にしていると推測できる。降りてきたマチルドはフィリップたちに挨拶するのだが、フィリップを見つめる表情のアップが素晴らしい。実はマチルドとフィリップは以前交際していたという過去があるのだけれど、それを台詞や回想に頼らず表情や視線で過去の出来事の断片が推し量れるのだ。
 
ベルナールの家とマチルドの家の、道を挟んだ隣という距離感はトリュフォー作品に親しみのある人ならばハッと思うかもしれない。『大人は判ってくれない(1959)』の続編『アントワーヌとコレット(1962)』のコレット(マリー=フランス・ピジエ)が家族と住む家とアントワーヌ(ジャン=ピエール・レオー)がコレットを目当てに越してきたアパートの位置関係が、道を挟んだ隣であったのだ。窓を通して相手を見ることができるような距離がトリュフォー流の映画的空間だと言える。
 
初めのうち隣に越してきたのがマチルドだと知ったベルナールはバツが悪そうにしている。妻がフィリップとマチルドを夕食に招待しても残業だと嘘をついて帰ってこないし、たまたまスーパーでマチルドに会っても素っ気なくあしらう。買い物カートを押しながらスーパーの駐車場まで歩いていた2人の会話が、現在の生活についてから二人の過去のことに及ぶとマチルドは「あなたは私と一緒のときは愛を呪い、離れると愛を求めた」と言い、それがベルナールの元を去った理由だと明かす。具体的なことは説明されないが、ベルナールに誤解があったようで、友達になろうというマチルドの提案を素直に受け入れ、荷物を車に積むと別れのキスをする。いつの間にか燃え上がってしまった2人は車に乗り込むまでに別れのキス以上のキスをするのだ。

760x550_61886_fichier_femme_d_a_cote_6.jpg

その後2人はお互いを意識ようになる。ベルナールは彼女の家の方をチラリと確認した後電話のダイヤルを回す。カットが変わってマチルドもベルナールの家の方を見てダイヤルを回す。2人とも電話帳やメモなどもはや不必要なほどの軽やかな指の動きだ。お互いの顔と顔、指と指がアップで交互に映されるが電話はつながらない。もちろん2人が同時に受話器を上げているからつながらないのだけれど、ユーモアとペーソスを交えてこの男と女のどうしようもなさというものを見事に表現した場面だ。
そんな2人は次第に激しくお互いを求め始め、あるホテルの決まった一室で逢瀬を重ねるようになる。一緒に車に乗っている際、2人共家庭のある身で、しかも隣同士ということもあるのでマチルドはもう会わない方が良いと切り出すのだけれど、完全に火がついてしまったベルナールは林に車を止め、半ば強引に彼女を抱くのだ。

フィリップとマチルドは2年間お預けとなっていた新婚旅行に出発する前に、自宅で仲間たちとガーデンパーティーを行っていた。明るい陽射しの中、陽気な人々が集まっている。黄色いドレスを着たマチルドが椅子から立ち上がると、裾が引っかかってドレスが破れて脱げてしまうという、ハワード・ホークス監督の米国映画『赤ちゃん教育(1938)』からの引用と思われる、本作では珍しいギャグシーンがある。衣装を着替えようと家の2階に戻ったマチルドに付いていく野獣と化したベルナール。着替え終わったマチルドに、キスをさせろと大声で迫る野獣には周りの人間など見えていない。階段を下りて1階で絡み合いながら、外の庭に逃げていくマチルド。カメラは1階のリビングに留まったままで、庭の美女と野獣と止めに入る仲間たちを、ガラス越しに冷静に捉えているのが印象的だ。

これ程までに狂ってしまったベルナールも妻の妊娠を知ると途端におとなしくなる。一方新婚旅行中のマチルドは、寝言で夫ではなくベルナールの名前を呟いてしまう。大勢の前で襲われそうになったとしても、愛を求めるのはベルナールだけなのだ。

760x550_61887_fichier_femme_d_a_cote_7-(1).jpg

その後さすがのマチルドも精神のバランスを崩し神経衰弱で入院することになり、誰にも心を開こうとしない。ベルナールに彼女の見舞いに行くように頼むのは夫のフィリップだ。この映画では狂恋の2人に常にスポットライトが当たっているが、そうではない2人はいずれも孤独で惨めな犠牲者だ。ベルナールからことの次第をすべて告白されたアルレットにしても、別れを切り出すわけでも激昂するわけでもなく、つわりのために洗面所に駆け込むだけなのである。
 
退院が決まり、マチルドとフィリップは引っ越していく。夜中、ベルナールは元通り空き家に戻った隣家に灯りがチラチラするのを感じる。ベルナールが懐中電灯を持って入っていくとそこには白いコートを着たマチルドが亡霊のように佇んでいた。当然のようにお互いを求め合い、そして響き渡る2発の銃声。
他人に迷惑をかけ、苦しみながらも人生の最後の最後で結ばれるこの2人の物語は、悲劇的で絶望的なハッピーエンドと言えるだろう。冒頭で登場したジューヴ夫人が最後にも現れ、本作を締めくくるに相応しい言葉を残して幕を閉じるのだ。「あなたと一緒では苦しすぎる。でも、あなたなしには生きていけない」
 
 
再放送:11月22日(土)23:05、24日(月)20:55
1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

おすすめ

 

おすすめ

 

おすすめ