映画  LA CHIENNE 『牝犬』
15/05/201915:55 Yusuke Kenmotsu
窓越しに見る悲劇

1931年のジャン・ルノワール監督作品。彼は印象派の絵画で有名なピエール=オーギュスト・ルノワールの次男である。父ルノワールの最後のモデルであるカトリーヌ・エスランと結婚して彼女を主演にした『水の話(1924)』で監督デビューする。サイレント映画時代の代表作はカトリーヌ・エスラン主演の『女優ナナ(1926)』だろう。トーキーの時代が到来すると『大いなる幻影(1937)』や『ゲームの規則(1939)』など映画史に燦然と輝く作品や物議を醸した問題作など多数手掛ける。第二次大戦によりアメリカに逃れるとハリウッドでもディープサウスを舞台にした作品などを撮り、終戦後しばらくしてフランス映画界に復帰してからは『フレンチ・カンカン(1955)』など独特の色彩感覚で後期の代表作を世に送り出した。
 
彼の長い映画人生の中で本作『牝犬』は『坊やに下剤を(1931)』に次ぐルノワール作品2本目のトーキー映画ということでかなり初期作品である。録音など技術的に未発達でサウンドを合成することができず同時録音しなければならなかったようだが、できあがった映画を見る限りそういった不都合を感じさせない出来栄えとなっている。

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本作は本編が始まる前に3体の人形が出てきて口上を始める。1体が「この物語は悲劇です」と言い、もう1体が「この物語は喜劇です」と言う。その後3体目が「この物語は喜劇でも悲劇でもなく、登場人物は英雄でも悪党でもない。皆さんと同じ哀れな人間の話です」と言って幕を開ける。

この時の人形たちがいる四角い舞台を記憶に留めておくと、この作品にしばしば出てくる四角い縁取り(多くは窓)がルノワール的映画空間を形成するということが見えてくるだろう。実際、人形劇の後のカットはレストランのシーンでそのカメラの位置はというと料理が出される小窓の向こう側にあり宴会の様子を小窓越しに捉えている。料理が手前にあり、人々が奥にいるという空間の奥への広がりや縦の構図はルノワールの映画美学的に頻出するスタイルである。

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本作の主人公モーリス(ミシェル・シモン)はこの会社の宴会でもあまり話をせず、二次会にも参加せずそそくさと帰宅する会計係の真面目な男だ。家に帰っても恐ろしい妻アデル(マグドレーヌ・ベルベ)から邪魔者扱いされ、挙句の果てには戦争で亡くなった前の夫とさんざん比べられ、「あの人が生きていたら」などと毎日罵詈雑言を浴びせられる。いまだに飾ってある前夫の肖像画がモーリスを見下ろしているようだ。そんな窮屈な毎日の中でモーリスが唯一楽しめるのが休日に絵を描くことである。しかしモーリスのこんな小さな楽しみも妻にかかれば「こんなゴミ捨てなさいよ」となるのだ。

そんなある日の帰宅途中モーリスはデデ(ジョルジュ・フラマン)という男に殴られる可憐な女性リュリュ(ジャニー・マレーズ)を助けることで運命の出会いをすることになる。その後も会うようになり彼女への恋心を募らせるモーリスであったが、裏でデデとリュリュはできていて、デデはモーリスの絵にリュリュのサインを書かせ勝手に売ってしまう。

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そんなこととは全く知らないモーリスはいそいそと彼女の部屋へ向かい、リュリュがデデとベッドにいるところを目撃してしまう。この時もカメラはモーリスの後ろから部屋の中の2人を捉えた後、次のカットでは外からの窓越しの画に繋がる。こうした決定的な修羅場を見せない演出は後半の殺人のシーンでも見られる。部屋の中にあったカメラはここぞという瞬間に外から窓越しに中を映すのだ。その際建物の外で奏でられる音楽が対位法の役割を果たし、よりショッキングが場面となっている。

この映画の最後、モーリスは浮浪者となって、なにか道に落ちていないかと彷徨い歩くのだが、この姿が翌年ルノワール監督によって撮られることになる『素晴らしき放浪者(1932)』に繋がっていく。ミシェル・シモンが演じる映画史上に残る浮浪者ブーデュを予告するかのような本作の終幕では、モーリスを追うカメラはやはり窓越しに彼を追いかけている。
1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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