映画  LE COUP DU PARAPLUIE 『ライフル・アンブレラ』
03/08/201816:30 Yusuke Kenmotsu
大きな勘違い
 
1980年のジェラール・ウーリー監督作品。彼は1940年代から50年代あたりまでは俳優としており1959年の『熱い手』で長編監督でデビューしている。コメディアンのルイ・ド・フュネスとブールヴィルを起用した『大追跡(1965)』が商業的に成功した。同じ座組で作られた『大進撃(1966)』はさらに大ヒットし『風と共に去りぬ(1939)』の持っていた観客動員数記録も更新した。これはジェームズ・キャメロン監督の『タイタニック(1997)』まで約30年間破られることはなかったというのだからとんでもない記録である。

本作の主演はウーリー監督の前作『逃走(1978)』に続いてピエール・リシャールが務めている。彼の陽気で饒舌、それでいて身体的な軽やかさを持った独特のキャラクターはドタバタコメディにもってこいの存在だ。
 
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自称芸術映画俳優のグレゴワール(ピエール・リシャール)は次作の殺し屋役のオーディションにやってくるが他の候補者より先に行った方が有利と考え、エレベーターで一緒になった強面の大男(ゴードン・ミッチェル)を妨害して、先に部屋に入る。そこには男がいて写真を渡される。クランプ、別名クジラという男がターゲットであると言われ、実行する日、使用する道具の受け渡し場所、報酬の一部を受け取り、グレゴワールは意気揚々と部屋を後にする。グレゴワールにペンキまみれにされた大男が洗い落とし、約束の場所に行くとすでにだれもいなかった。これは当然グレゴワールが間違えてマフィアと本物の殺し屋の契約の場所に行ってしまったからであり、強面の大男が本物の殺し屋ということになる。

このあまりにも奇抜な勘違いは本来ならすぐに気付きそうなものなのだが、天真爛漫なグレゴワールは思考よりも口と身体が3歩先を行くような男なので、なんの疑いもなく殺し屋になりきっている。そしてこの勘違いほぼ一本でこの映画は成り立っていると言えるほど最後まで持続しており、悪徳な武器商人たちに映画の本番と思って戦いを挑むのだ。

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俳優グレゴワールを主人公とする本作は、映画作りの映画の変奏バージョンともいえるだろう。こういった作品では映画ネタがあちこちにちりばめられていて、映画ファンにはそれを探す楽しみもあるだろう。台詞の中に『明日に向かって撃て(1969)』や『スティング(1973)』といった映画タイトルが出てきたり、ウッディ・アレンなど映画監督の名前が出てきたりする。また『街の灯(1931)』を想起させる設定(盲目の花屋)もある。ゲルト・フレーベという俳優は『007 ゴールドフィンガー』のときと同じような役柄で登場するといったところだ。そして最後は強引に映画化して大団円というのだから、やはり本作は映画作りの映画と言って間違いないだろう。

この作品ではグレゴワールがターゲットを狙うための武器として傘が渡される。先に猛毒を仕込んだ暗殺用の傘なのだが、本作では武器もこれ一本で最後まで引っ張っている。タイトルにもなっているのだが、なぜ傘か疑問に思う人も多いだろう。これには元ネタがあって、1978年ロンドンのウォータールー橋にあるバス停にいたブルガリアからの亡命作家ゲオルギー・マルコフの暗殺事件をもとにしている。この時使われたのが傘で、リシンという毒物を詰めた弾を空気圧で発射する仕掛けが施されていた。このブルガリアン・アンブレラによるの暗殺事件の裏にはブルガリアの秘密警察やKGBがいたと言われている。

こんな訳ありな武器を使用した本作に社会派の一面を見てとってもいい、気がする。
1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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