映画  GROSSE FATIGUE 『他人のそら似』
10/07/201700:12 Yusuke Kenmotsu
一人二役と二人一役
 
1994年のミシェル・ブラン監督作品。ミシェル・ブランと言えばパトリス・ルコント監督作品『仕立て屋の恋(1989)』の主演でお馴染みのフランスを代表する個性派俳優だ。本作『他人のそら似』は彼にとって監督2作目であり、脚本と主演も務めている。なお彼は劇中で本人ミシェル・ブラン役を含む一人二役で出演しており大忙しだ。

この作品のユニークな点はかなり多くの役者たちが本人役で出演していることである。ミシェル・ブランだけでなく、キャロル・ブーケ、フィリップ・ノワレ、シャルロット・ゲンズブール、マチルダ・メイなど、そしてロマン・ポランスキー監督やカンヌ映画祭の当時の会長ジル・ジャコブといった多彩な面々が顔を見せている。

 
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多くの実在の映画人たちによるフランス映画業界の内幕コメディいった内容で、役者としての名声の裏にある悩みや落とし穴、業界の構造などを、エスプリを効かせて描いている。例えば劇中ミシェル・ブランが「ホモ」と揶揄されるのは、以前彼が演じた役柄のイメージのせいで、恐らくその作品は『タキシード(1986)』だろう。この『タキシード』を撮ったベルトラン・ブリエ監督は本作に原案として参加しているので、ミシェル・ブランのホモネタを扱ったと推察できる。こうした小ネタが満載で長年フランス映画を観ている人は大いに楽しめるだろう。その反面初めてフランス映画に触れるような人には全くお薦めできない作品である。

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人気俳優で映画監督のミシェル・ブラン(ミシェル・ブラン)の周りで最近奇妙なことが続いていた。いかがわしい店で会ったという男や、ミシェル・ブランにレイプされそうになったと訴える女優など、彼にとって身に覚えのないことばかりであったが、彼は警察に連行されるはめになってしまう。友人で女優のミシェル・ブーケの助けもあり、なんとか解放されるが精神鑑定をすすめられる。そこで田舎で安静にするように言われたミシェル・ブランは、キャロル・ブーケに連れられて田舎町へ行くのだが、そこで目にするのが「ミシェル・ブラン」と名乗ってスーパーマーケットでイベントをする人物だ。これまでの悪事も容姿がそっくりなこの人物が起こしたものであると考えた2人は、偽物を捕まえるために待ち伏せをする。ギリギリのところで取り逃がしてしまうものの落としたものから名前や住所が判明したので、この偽物の故郷へと向かう。この偽物はパトリック・オリヴィエ(ミシェル・ブラン)という名で、家族や友人にも芸名がミシェル・ブランであると嘘をついて生活していた。

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なんとか偽物を追いつめたミシェル・ブランはパトリックから奇妙な提案を持ちかけられる。それはお金稼ぎのためのつまらないテレビ出演やCMは自分が請け負い、芸術的な創作活動はミッシェル・ブランが担当するという、いわば二人一役で「ミシェル・ブラン」の仕事をこなすというものであった。一人二役のこの映画の構造の真逆のことが行われていて面白いが、当然結末は皮肉なものとなる。
 
本作で脚本に参加しているジャック・オーディアールは後に自身の監督作『つつましき詐欺師(1996)』で、偽物が本物を超えてモンスターのようになっていくという本作の主題を発展させた形で描いていて興味深い。
『他人のそら似』は偽物に本物が乗っ取られるという皮肉なコメディとして完結しているのだが、エピローグ的に登場するフィリップ・ノワレがそれだけに留めないような気迫の芝居を見せている。彼の言葉からは本物と偽物だけでなく、フランス映画とアメリカ映画、芸術とエンターテインメントというものが透けて見え、フランス映画業界への危惧や警鐘が見てとれる。
 
 
1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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