映画  MAMAN EST CHEZ LE COIFFEUR 『ママは美容院へ 』
02/09/201614:50 Yusuke Kenmotsu


60年代、少女の夏
 
レア・プール監督の2008年の作品。スイスで生まれた彼女は幼いころに家族とケベックに移住し、そこで映画監督になり活躍している。彼女の作品で一番有名なのは、ウィリアム・ハート主演の『天国の青い蝶(2004)』だろう。脳腫瘍に侵され余命いくばくもない少年の、世界で一番美しい蝶を見たいという願いを叶えるために、昆虫学者と少年が南米の熱帯雨林を旅するという物語。想像をはるかに超えるハッピーエンドには面食らうが、南米ロケによる美しい景色や珍しい生物たちが印象的であった。
日本で公開された彼女の作品はわずか3本で、決して多くないが、2017年にKADOKAWA映画の配給で『La passion d’Augusutine(2015)』という作品が公開されるようだ。

 
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『ママは美容院へ』の舞台は1966年の夏。姉のエリーズ(マリアンヌ・フォルティエ)と2人の弟たちココとブノワは夏休みに入ったばかりでウキウキしている。母親から再三注意されながらも、靴や靴下を脱ぎすて裸足で野原を駆け回る活発な少女エリーズの視点でこの映画は語られる。1950年生まれのレア・プール監督にとって、自身を投影したようなキャラクターと言えるだろう。

父は医師で微生物の研究をしているようだが、息子ココの言葉を借りれば「人のうんこをあさる」仕事ということになる。

母は家の仕事しながらジャーナリストでもある。しかし本当はもっとバリバリ働きたいという欲求があり、現在の生活に満足していない。こういった女性像はウーマン・リブの60年代的キャラクターであろう。



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この映画は60年代というのが大きなポイントである。木々が生い茂り、悠々と川が流れる牧歌的な田舎町であるが、ニュースではベトナム戦争の報道が流れ、子供たちは陽気にビートルズを口ずさむ。アポロ11号が月面着陸に成功する3年も前なので、少年たちは宇宙や空よりも車に熱中していた。機械好きの長男ココは納屋で、来る日も来る日も自家製ゴーカートの制作に打ち込んでいる。

父が施設に入れることを真剣に考えている自閉症気味の次男ブノワは、何をするにも危なっかしい。今の扇風機ならあまり考えられないが、当時のものは羽の部分がほとんどむき出しになっており、兵隊の人形(恐らく1964年に米国で発売されたG.Iジョー)を回転している羽に押し込み真っ二つにしてしまう。人形の頭部を金槌で叩き始めたり、人形をスープの中に投げ入れて沈めたりしてその度に父を不機嫌にさせる。

 
極め付きは、納屋でゴーカートにガソリンを入れているココや仲間たちのところに、なぜか人形の手に火の点いたマッチを持たせて登場。一瞬で納屋を火の海にしてしまう。ブノワの危うさを描いたシーンは、彼の人形の視点からすると、ベトコンのゲリラに切り付けられたり、殴られたり、泥沼に沈められたり、あるいは火炎放射器やナパーム弾による火の海といったベトナム戦争を描いた『ディア・ハンター(1978)』や『地獄の黙示録(1979)』での凄惨なシーンを思い出させる。


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この映画では数々の60年代的小物が登場するが、最もサスペンスを生み出すのは電話機だろう。この時代には携帯電話などあるはずもなく、秘密の要件であったとしても家の固定電話を使用している。エリーズが父の部屋に行くと電話中の父に邪険に扱われ、腹を立てたエリーズはキッチンに行き、キッチンの受話器を上げてそれをそのまま隣にいる母に渡すのだ。これで父の電話が聞けてしまうという、昔の電話ならではの浮気の発覚場面である。
 
本作では、父の浮気に怒り狂った母はジャーナリストの仕事のために一人でロンドンに行ってしまう。これだけでも女性の社会進出と母親の育児放棄が描かれており、その辛い現実から逃避するようにココは車作りに没頭し、ブノワは自分の世界を彷徨っているようだ。姉のエリーズがなんとかしようと奮闘する姿が逞しくて美しい。町で変人扱いされている聾者(ガブリエル・アルカン)と親しくなり2人で釣り糸を垂らして行う川釣りは、不思議な感動を呼ぶだろう。

この映画にはもう一つだけ裏テーマのようなものがある。それは父の浮気相手が女性ではなく男性であると考えられることだ。電話の声はこちらには聞こえず、断定はできないのだけれど、一度親しい男性が車で家まで送ってくれた際の親密さは、見ようによっては友情を超えたものと感じられる。実際レア・プール監督は『翼をください(2001)』という作品で女性同士の愛情を描いているので可能性は十分にある。

今ではカナダは全土で同性婚が合法化されていて同性愛に寛容な国のイメージがあるが、1965年にはエヴァレット・ジョージ・クリッパート氏が同性愛行為によりカナダの最高裁判所から無刑期の予防拘禁刑(≒終身刑)を言い渡されている。その後1969年に同性愛行為が合法化されるという、ちょうど境目の1966年が映画の舞台というのも偶然ではないだろう。

深堀りすればキリがないほど様々なテーマが描かれているが、来客に母の所在を聞かれた際、「ママは美容院へ」と3人で声をそろえて誤魔化すような軽やかなユーモアが全編に流れているので、誰もが楽しめる作品と言えるだろう。
 


MAMAN EST CHEZ LE COIFFEUR 『ママは美容院へ 』

再放送:9月4日(日)深夜2時、5日(月)夜9時
 

1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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