映画  TOTO LE HÉROS 『トト・ザ・ヒーロー』
06/06/201600:00 Yusuke Kenmotsu
 
 
信頼できないかもしれない語り手によるおとぎ話
 
 
1991年のジャコ・ヴァン・ドルマル監督作品。ドルマル監督は長編デビュー作である本作で、カンヌ映画祭の新人監督賞にあたるカメラ・ドール賞を獲得している。次作『八日目』が1996年、三作目『ミスター・ノーバディ』が2009年とかなり寡作な監督ではある。現実と妄想を分け隔てなく描く映像表現や、人生や運命についての物語であることなど一貫したスタイルを持つ映画作家だ。
 
ベルギー出身の監督の作品であるが、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の『情婦マノン(1948)』やトリュフォー監督の『黒衣の花嫁(1968)』『暗くなるまでこの恋を(1969)』などに出演しているベテラン俳優ミシェル・ブーケや、レオス・カラックス監督の『ボーイ・ミーツ・ガール(1983)』での演技が忘れがたいミレーユ・ペリエなど多くのフランス人俳優が出演している。
 

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老人ホームで暮らすおじいさんトマ(ミシェル・ブーケ)は、実業家の大物で幼馴染のアルフレッドというおじいさんを、積年の恨みを晴らすべく殺害しようと企んでいた。この映画は彼の少年期や青年期の回想を挿みながら、トマの人生に何が起こったかを描いている。
 
そもそもトマがアルフレッドを憎むようになったのは、赤ん坊のころ病院が火事になり、その避難の際にアルフレッドと取り違えられたせいで、自分の人生はめちゃくちゃになってしまったと思っているからだ。燃えさかる炎の中で、母親らしい女性が違う赤ちゃんを抱えていく。それを泣きながら見ているトマと思われる赤ちゃん。すると別の女性がトマの元へやってくる、というのを赤ちゃんの視点のショットも混ぜながら描いていて、一見ぞっとするようなシーンなのだけれど、これがどうも胡散臭い。この胡散臭さの原因は、取り違えについてこの映画でトマ以外だれも言及しておらず、少々ボケたところのある映画の語り手トマじいさんの回想に信憑性がないからだ。自分が見て経験したことのように、赤ちゃんの時の事が回想として描かれるが、赤ちゃんの時に見たものを覚えている人などいるはずがない。少年時代から名探偵トト・ザ・ヒーローになってアルフレッドをやっつけるなどと妄想を膨らませていたトマは加齢とともに現実と妄想、経験した事としなかった事の境界が曖昧になってしまったのだろう。つまりこの映画はミステリ小説などでいう「信頼できない語り手」の手法が用いられている。映画では黒澤明監督の『羅生門(1950)』が有名である。それぞれのエピソードを語る信頼できない複数の登場人物たちのせいで、物語が藪の中に陥ってしまう『羅生門』と違い、『トト・ザ・ヒーロー』の語り手は一人であるし、意図的に嘘をつこうとしているわけではないので、「信頼できないかもしれない語り手」といったところだ。

 
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トマの父と姉がピアノやトランペットで音楽を奏でながら陽気にシャルル・トレネの「ブン」を唄っていると、庭の花が踊るように揺れている。揺れるように踊っていると言ったほうがいいくらいに花たちは元気だ。映画の終盤では、死んだはずの父や姉が前を走るトラックの荷台に現れて、再び「ブン」を聴かせてくれる。信頼できないかもしれない語り手のおかげで描写がリアルである必要がなくなり、かなり救いのない物語のはずが、おとぎ話のように感じられる。
この映画は不完全な語りであるために、観る人の受け止め方にかなりの自由がある。本作が1990年代有数の名作と言われる大きな理由はこのためだろう。例えばトマ少年は姉アリスを異性として好きだと言うのだけれど、これは近親相関となり少々危険だ。しかしトマじいさんの取り違えの話が本当ならば、血縁関係はなく普通の恋愛となり、逆にアルフレッドとアリスが仲良くしているほうが危ない関係となる。何が本当かは分からない。観る人によって、あるいは観るたびに違ったストーリーになってしまうような迷宮映画である。

 
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他にも、ドルマル作品では毎回登場し、本作ではトマの弟セレスティン(パスカル・デュケンヌ)として出てくるダウン症の男性の意味や、トマとアルフレッドの本当の関係(2人の奇妙なタバコの隠し方などを見ると、この2人実は……)といった余白の部分を自分で補いながら観ると、より深く本作を楽しめるはずである。
 
ちょうど今年はドルマル監督の待望の最新作『神様メール(2015)』が公開されている。ブリュッセルに暮らす神様の娘が主人公というユニークな作品であるが、運命の主題やシャルル・トレネの楽曲、洗濯機の奇妙な使い方など『トト・ザ・ヒーロー』と共通する部分がたくさんあるので、見比べてみるのもいいだろう。


 
TOTO LE HÉROS 『トト・ザ・ヒーロー』
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1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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