映画  PAS SON GENRE『正反対の恋人たち』
29/03/201610:52 Yusuke Kenmotsu


食い違う視線、見つめ合うことの難しさ
 
 
2014年のリュカ・ベルヴォー監督作品。ベルギー出身の彼は俳優としてジャック・リヴェット監督『嵐が丘(1985)』やクロード・シャブロル監督『ボヴァリー夫人(1991)』に出演する傍ら、自身で監督業もこなしている。日本で劇場公開されたのは『男と女と男(1996)』のみだがテレビシリーズを含めると10作以上手がけている。そんな彼の監督最新作が本作『正反対の恋人たち』だ。

主演のロイク・コルベリーはアカデミー・フランセーズの舞台役者で、テレビや映画など映像作品でも活躍していて、個性派俳優ヴァンサン・マケーニュの長編監督作品『Dom Juan』ではタイトルロールのドン・ジュアンを演じている。

そしてこの作品の大注目はヒロインのエミリー・ドゥケンヌだろう。ベルギー出身の彼女は、ダルデンヌ兄弟が監督する『ロゼッタ(1999)』でデビューし、カンヌ映画祭で女優賞を獲得する。誰にも心を開かずトレーラーで生活する孤独なロゼッタとは違い、『正反対の恋人たち』での彼女は笑顔がキュートで快活な美容師を演じている。歌ったり踊ったり走ったりと彼女の陽気な部分と共に、時折見せる寂しげな眼差しや、会話でのちょっとした間のとり方で見られる陰の部分が、この映画を奥深いものにしている。



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パリで哲学教師をしていたクレマン(ロイク・コルベリー)は、パリから列車で小一時間ほどの地方都市アラスへの転勤が命じられ、しぶしぶやってくる。授業のある日はホテルに泊まり、週末はパリに帰るという生活をしていた彼が、美容院に立ち寄った際に髪を切ってくれたのがジェニファー(エミリー・ドゥケンヌ)だ。この出会いから2人の恋物語は始まるのだけれど、インテリパリジャンとシングルマザーの田舎娘の恋愛映画と聞いて想像するほど本作はコメディに傾いておらず、後半はむしろシビアな方に分類されるだろう。
そうはいっても軽妙な恋愛遊戯が展開されるフランス映画に違いはなく、恋のかけひきを楽しめる作品でもある。お互い連絡先も知らぬままでの初デートの際、クレマンは待ち合わせのカフェに先に来ていて本を読んでいる。ジェニファーが現れ、彼女から本について聞かれると、興味があるなら貸すよと本を手渡す。帰宅後ジェニファーがその本の表紙をめくると、クレマンの電話番号が書かれているのを見つける。返すこと(次のデート)を最初から計算に入れたインテリパリジャン流のアプローチなのだろう。その本のチョイスがドストエフスキーの「白痴」というのはいかにも彼らしい。

デート中の会話の流れでジェニファーが、ケイト・モスやアドリアナ・カランブーやナオミ・キャンベルは美人だけど自分はそうではなく、ある程度魅力があるだけで皆には好かれないと言い出す。するとクレマンは「それはカントが判断力批判で言っていることだ。きみはカント主義だ」と嬉しそうに言い、次に会うときにはカントの本をプレゼントするのだ。



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ジェニファーがこういった意味不明なプレゼントであっても、「登場人物の誰が誰だか分からなくなった」とか「物語のある本しか読めない」と言いながら、辞書を傍らに置いてでも読破したのは、相手の事をよりよく知ろうとするためだろう。こういった場面や、美容師仲間でトリオを組んで町のカラオケ大会でスプリームスの『恋はあせらず』やオーパスの「Live is life」といった懐メロを熱唱する本作のジェニファーは魅力いっぱいだ。


住んでいた環境や性格が大きく異なる2人なので、その違いから誤解や諍いが生まれ、それをなんとか修復していくという表向きのラブストーリーと共に、ジェニファーの心の襞が繊細に描かれているのが本作の特徴である。

2人で出かけた町の祭りで、偶然クレマンの同僚の女性哲学教師とその家族と出合った時の、クレマンの態度やジェニファーの表情、そしてお祭り用に彼女がかぶっているひまわりの花飾りのついた陽気な帽子との対比の妙。ただ挨拶を交わす程度の何気ない場面であるが、心の闇が増幅するような緊張感のあるシーンだ。
幾度かある性愛シーンの中で、最後の場面では、クレマンが目を閉じたまま絶頂を迎えようとしている。ジェニファーは両方の掌でクレマンの頬を覆っている。ジェニファーのその身振りは、興奮のためであるとか、彼を近くで感じるためというものではない。彼女は目を見開き、両手に力を入れて彼の閉じた瞼を開けさせようとしているのだ。私だけを見てと言わんばかりの気迫と共に、2人の決定的な食い違いを感じる場面である。



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本作では2人の間の大きな違いに目が行きがちだけれど、知人への紹介の仕方や、瞼の開閉、視線の一致不一致といった、ほんのわずかな事の食い違いを描いた繊細な映画である。

2人の視線が食い違うというのは、彼らの出会いのシーンである美容院から始まっている。もちろん髪を切ってもらっている客と、切っている美容師なので、鏡越しに自分を見るクレマンと、切り終えて鏡越しに彼の頭部全体を見るジェニファーの視線が食い違うのは当然だ。しかし第一に自分の趣味、自分の名誉、自分の快楽を考えてしまうクレマンと、好きになった相手の事を考えるあまり、不安に思ったり嫉妬心を抱いてしまったりするジェニファーという、その後の2人の関係性を示唆するような食い違いの萌芽を、ロマンチックなムードの中に忍び込ませているのだ。

この映画の結末は観る人に委ねる、いわゆるオープンエンディングとなっていて、見ようによっては後味がよくないかもしれないのだが、ジェニファーが最後に姿を現す場面で、彼女がソロで歌うグロリア・ゲイナーの『恋のサバイバル』の歌詞を考えると、ちょっとした光が見えてくるのではないだろうか。
 



1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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