映画  PETITS COUPURES 『かすり傷』
26/02/201616:12 Yusuke Kenmotsu


指輪が先か、愛情が先か
 
2003年のパスカル・ボニゼール監督作品。彼は「カイエ・デュ・シネマ」誌で批評家を経験しており、日本でも「歪形するフレーム」という映画評論集が出版されている。ジャック・リヴェットやアンドレ・テシネといった名匠たちの脚本に協力していることでも有名だ。

監督としてのデビューは遅く、長篇第1作『アンコール(1996)』は50歳の時であった。日本で紹介された作品はあまり多くないが、アガサ・クリスティ原作の「ホロー荘の殺人」の映画化『華麗なるアリバイ(2008)』は劇場公開されている。この映画は原作で登場する名探偵エルキュール・ポワロを登場させないのが特徴で、フーダニットに重きを置かず、愛憎渦巻く恋愛心理劇に翻案しているので、全編に映画的な緊張感が満ちている。なお監督の娘アガト・ボニゼールは『華麗なるアリバイ』と『かすり傷』の両作ともに出演している。

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まずは2分半ほど長回しのファーストカットに注目すべきだろう。若い女性ナタリー(リディヴィーヌ・サニエ)は、ビルのガラスを鏡にして口紅を塗る女性ガエル(エマニュエル・ドゥヴォス)に近づいていく。そして自分と同じサンローランの19番の口紅を使っているガエルに貸してほしいと頼むのだ。これからブリュノ(ダニエル・オートゥイユ)という男性と会う約束があるというナタリーは落ちつきがなく、ガエルから煙草までもらう。見ず知らずの人に口紅を貸してもらい、煙草をもらうナタリーという女性はかなり奇妙な登場人物なのだけれど、冒頭の長回しが進むにつれて、この映画自体が奇妙で歪なものであるというのが次第に見えてくる仕掛けになっている。そしてファーストカットの2分半が終わるころには、ブルーノという男の妻と愛人が街角で出合い、口紅の貸し借りをおこなっていたことに驚かされるとともに、この後の展開の混乱、混沌を確信するだろう。 

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実際このブリュノというコミュニストのジャーナリストは数日のうちにガエル、ナタリーの他に2人の女性と恋に落ちることになる。1人は選挙に出馬するというブリュノの叔父ジェラールの秘書をしているマチルド(パスカル・ビュシエール)、もう1人はジェラールの妻の不倫相手の妻ベアトリス(クリスティン・スコット・トーマス)だ。特にこのベアトリスは母の再婚相手と結婚していて、夫が義理の父でもあるという彼女の話だけでも、1本の映画が成立しそうなほど訳ありな女性だ。ここまでくるともはや何角角形の映画か正確に数えることなど不可能なぐらいに男女が入り組んでいる。その中心に風采の上がらない中年コミュニストブリュノがいて、あちこちで放つ「愛している」という言葉が空虚に漂っている。

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この作品は女優がそれぞれ個性的で素晴らしく、彼女たちを眺めているだけで十分楽しめるのだけれど、批評家出身で脚本家の映画らしく、身体への傷の変化、拳銃の所有者の流れ、同じ口紅を愛用する女性たちなど、細部へのこだわりが見てとれる。中でもブリュノの妻ガエルが失くしたという指輪は、女性たちの間を転々と流れていき、ブリュノの愛情もそれに同調するように指輪を持つ女性に注がれる。一見ブリュノの愛情の表現として指輪を与えているようで、拾った指輪を悪戯っぽく自分の指にはめる女性や、全くサイズが合わない女性を見ると、指輪を持っているからこそ愛情と欲望の対象となっているといった逆転現象を感じてしまう。「鶏が先か、卵が先か」ではないけれど、「指輪が先か、愛情が先か」が判然としないほどブリュノの女性への態度は混沌としている。
いい年をしてブリュノのように節操もなく、多くの女性に求愛するのは「かすり傷」ではすまされないという教訓も得られる映画であった。
 

 
1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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