映画  IP5, L'ÎLE AUX PACHYDERMES 『IP5 愛を探す旅人たち』
11/02/201617:48 Yusuke Kenmotsu


なんとか家族全員で観られるベネックス式ロードムービー
 
1992年のジャン=ジャック・ベネックス監督作品。ベネックス監督といえば長篇1作目の『ディーバ(1981)』で鮮烈なデビューを果たした人で、その後も寡作ながら『溝の中の月(1983)』や『ベティ・ブルー(1986)』などで世界中のファンを虜にしてきた。日本との関係でいえば、彼は1994年に日本のオタクについてのドキュメンタリー『OTAKU』を撮っている。この作品では、現在日本映画界で鬼才として知られる園子温監督が路上パフォーマンス集団「東京ガガガ」を主宰していた時の姿を見ることができる。
『IP5』は名優にして人気シャンソン歌手イヴ・モンタンの遺作である。作品の完成を待たず、70歳で他界した彼は、映画の中ではいつものようにおおらかで、いつものようにいい声を響かせている。



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冒頭、ストリート・アーティストの青年トニー(オリヴィエ・マルティネス)が夜中壁にスプレーで絵を描いている。その周りをラップ調で歌い踊っているのが少年ジョッキー(セクー・サル)だ。元々無地の壁に少しずつ色が付いていき、次第にグラフィックが現れる。そこには彩り鮮やかに「IP5」の文字が浮かび上がっている。
トニーの事を兄のように慕い、底抜けに明るいジョッキーはトニーから、ミケランジェロの画集をもらう。ミケランジェロの発音すら分からず、ミッキー、ミッキーと言ってしまうような彼にとって、システィーナ礼拝堂の天井に描かれた絵も、駅の壁にスプレーで描いた絵も両方落書きであり芸術なのだ。そんなジョッキーの母親は出て行ってしまっていて、父親はアル中になっている。いつか母親が帰って来て、また会える日を心待ちにしているようだ。
ジョッキーの父が倒れた時、診察のためにグロリア(ジェラルディン・ペラス)という看護師がやってくる。グロリアに一目惚れしたトニーはなんとか彼女に近づこうと、病院に彼女の身内であると嘘の電話をかけ、彼女の個人情報を手に入れる。迷惑を顧みず、トニーは情熱に駆られて彼女の家の前の壁に、お得意のスプレーアートで愛の告白をする。案の定、彼女には激怒され、仲直りする時間もなく彼女はトゥールーズへと引っ越してしまう。



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トニーは愛するグロリアを、ジョッキーは母の面影を求め、2人はトゥールーズを目指し旅に出る。
車で旅をする彼らは、故障させて車を盗み、事故を起こして別の車を盗む。誰も乗っていないと思って盗んだ車の後部座席に、ひっそりと老人が横たわっていた。この老人レオン(イヴ・モンタン)も旅に同行する事になるのだけれど、彼は神秘的な力を持っているようで、車にはねられて死んだと思っていた兎を蘇生させたり、トニーの足の怪我を治癒させたりする。そして湖ではキリストのように水上を歩いてみせるのだ。
都会で近代的なパリから遠く離れ、クロード・モネの積みわらの連作で見られるような牧歌的な風景を横目で見ながら、緑豊かな森へと足を踏みだすと、不思議な超現実の世界に入っていくようで興味深い。『千と千尋の神隠し(2001)』のトンネルの向こう側の世界のようで、この森の中ならば、おじいさんが湖上を歩いたとしても、まあいいかと納得してしまうような神秘的な雰囲気だ。
この老人、実は病院に入院していて、若かりし頃の恋人に会いに行くために、そこを脱走した。その時にトニー達に出合ったのだった。



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3人それぞれに求める愛があり、それを探しに向かうロードムービーである。病気を持った老人がいて、青年が探す女性の職業が看護師となると、当然後半の展開は読めてくるのだけれど、それでも青年トニーと看護師グロリアのガラス越しの再会場面は素晴らしい。ベネックス監督が男女を描くと『ベティ・ブルー』のような激しい性愛をイメージしてしまうのだが、ガラス一枚隔てて声の届かない所にいるトニーの前に現れ、トニーに素知らぬ顔をされると、諦めて踵を返してしまうグロリアの姿をじっと撮るところなどを見ると、純愛映画の監督だと言わずにはいられない。
タイトルになっていて、冒頭トニーがスプレーでも描く「IP5」とは、原題の副題の頭文字IとP、それとベネックス監督の長編第5作目を合わせたものらしい。一方でベネックス監督作品『ロザリンとライオン(1990)』のヒロインであり当時の監督の恋人だったイザベル・パスコの頭文字のIとPという説もある。純愛映画の監督ベネックスならば十分考えられる話である。
 
 

IP5, L'ÎLE AUX PACHYDERMES 『IP5 愛を探す旅人たち』
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1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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