映画  LE PETIT LIEUTENANT 『小警視』
28/01/201611:44 Yusuke Kenmotsu

新米刑事と女上司
 
2005年のグザヴィエ・ボーヴォワ監督作品。彼は俳優としても活躍しており、ジャック・ドワイヨン監督の『ポネット(1996)』での父親役が印象深い。最近ではブノワ・ジャコー監督の『マリー・アントワネットに別れを告げて(2012)』にルイ16世で出演していた。

監督作品が日本で劇場公開されたのは、カンヌ映画祭でグランプリを獲得した『神々と男たち(2010)』以降の作品なので、本作は劇場未公開。

『神々と男たち』では、アルジェリアで実際に起きた、フランス人修道士誘拐殺人事件を厳格なタッチで映画化している。また、最新作『チャップリンからの贈りもの(2014)』では、1978年に実際に起きた、喜劇王チャップリンの遺体誘拐事件を人情コメディのように描いている。初期作品『マチューの受難(2000)』では父を自殺に追いやった経営者に復讐するために、経営者の妻を誘惑し、次第に恋に落ちてしまう青年の愛憎を描いている。ジャンルや描き方は様々なのだけれど、俳優を信頼した演出はどの作品でも共通していて、最良の演技を引き出している。

本作では前半は新人刑事アントワーヌ役のジャルリ・レスペールの視点で描かれるが、映画の主役は上司カロリーヌ役のナタリー・バイだろう。デビュー当初からゴダールやトリュフォーの監督作品のヒロインを務めた経験豊富な彼女は、本作でセザール賞の女優賞を受賞している。



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アントワーヌは妻をル・アーヴルに残して、パリで刑事として働き始める。前半は同僚との食事や射撃訓練などの日常が淡々と描かれている。刑事が主役の米国映画のテンポであればとっくに2、3人死ぬような凶悪事件が起きているぐらいの時間に、こちらでは悠長に仲間とお酒を飲んでいる。起こる事件といえばせいぜい酔っぱらいのおじさんが迷惑をかける程度である。その酔っ払いの迷惑おじさんが後日、死体となってセーヌ川で発見されることでサスペンスがようやく走り出す。捜査を進めるうちに、新たな事件が発生し、その目撃者や容疑者の多くは移民系である。言葉がうまく伝わらない相手とのやりとりは少々ユーモラスでありながら、かなり不気味だ。本作では、移民の貧困や犯罪という今日的な問題をテーマの一つとして扱っている。


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この映画にはちらほらお酒や酔っぱらいが登場するのだけれど、それだけではなく上司カロリーヌは断酒セミナーに通っている。7歳の息子を骨髄炎で亡くした彼女がどのようにお酒に溺れていったのか直接の描写はない。2年間の断酒に成功しているという彼女は、この映画ではすでに深い悲しみや苦しみを絞り出した後の状態なのだが、ナタリー・バイはちょっとした視線の演技などで説得力を持たせている。そんな彼女は生きていれば息子と同じ年齢であるアントワーヌとコンビを組むのだけれど、彼は捜査中刺されて病院に搬送されてしまう。カロリーヌが夜バーに立ち寄るとマスターに「いつものにするか?」と問われ、ゆっくり頷く。断酒している彼女にとって「いつもの」とはトニックウォーターなのである。しばらくしてマスターに「ジンを入れて」と頼む。泣いたり叫んだりするわけではなく、初めからお酒をたのむわけでもない。トニックウォーターをジン・トニックにするあたりに悲しみや葛藤やどうしようもなさが滲んでいて、つらいけれど、この映画の名シーンだ。

終盤では彼女はさらにつらい知らせを携帯電話で受けるのだが、凡百な演出家なら正面の泣き顔のアップでも入れそうなところを、ある一定の距離を保ったまま彼女の慟哭を後ろから捉えているのが逆に効果的であった。
 
本作はかなりシビアな物語だが遊び心がないわけではない。カロリーヌとアントワーヌが列車で移動中、寝ているアントワーヌの服の隙間から拳銃が覗いていて、向かいに座る女性が驚いた表情をしている。そんな彼女はこの映画の撮影を担当しているカロリーヌ・シャンプティエである。



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また、警察の施設内に不自然なほど様々な映画のポスターが貼ってある。『セブン(1995)』や『リスボン特急(1972)』は刑事が主人公の映画なので少しだけ納得できるにしても、『ワンス・アポンア・タイム・イン・アメリカ(1984)』や『レザボア・ドッグス(1991)』は純度100%のギャング映画だ。『プライベート・ライアン(1998)』に至っては戦争映画で……しかしこれはノルマンディ上陸作戦の話でアントワーヌはノルマンディ地方出身だから意図的に?などと考えているとつらい物語も少し和らぐかもしれない。そしてカフェに貼っている、ある有名なフランス映画のポスターのラストシーンと、ナタリー・バイが一人で浜辺を歩いている本作のラストシーンの類似は、観終わった後、独特の余韻を与えるに違いない。
 

 
LE PETIT LIEUTENANT 『小警視』
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1982年生まれ。京都市在住。 古今東西の映画や国内外の映画祭を愛す。 フランス映画に惹かれたきっかけは、印象派絵画の巨匠オーギュスト・ルノワール の次男坊という興味で観始めたジャン・ルノワール監督作品との出合いから。 人生の悲喜交々を、自然や天候と戯れるような大らかさや女優たちへの少しばかり 淫らな視線、画面の構図、色彩感覚といった父親譲りの才能で描き出された彼の 作品群で映画の歓びを知る。 フランス映画以外ではアメリカのフィルム・ノワールや西部劇が特に好み。 映画検定一級取得。

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